第14回 梁川星巌の「浪淘集」を読む  H28年8月7日
   講師:鷲野正明 国士舘大学教授 千葉県漢詩連盟会長 主催:船橋漢詩会
「浪淘集」 : 梁川星巌の詩集(『星巌集』戊集に収載)。天保12年(1841)3月から7月までの3ヶ月間、妻紅蘭を伴って房総の旅をした詩72首が収められている。 浪淘は、浪が洗う、の意。
   
   平成二十八年十八月七日、第十四回研修会が開催された。
いよいよ「浪淘集」もこれが最後である。
 
 平成二十八年八月七日(日)船橋中央公民館で「浪淘集」を講読した。「浪淘集」は梁川星巖が妻の張紅蘭を伴い、天保十二年(一八四一)三月から七月にかけて総州・房州を旅行したさいの折々の詩を集めたもので、全部で七十二首ある。今回は、鋸山から富津、舟で木更津、曾我で数日滞在して行徳、そして舟で江戸に帰るときの作品を七首読んだ。イルカを詠った長詩を除いて、今回ですべてを読み終えたことになる。その中から、富津から木更津へと舟で行く詩を。詩題では、木更津を「帰去津」と表記している。「帰り去(ゆ)く津(わたしば)」という意味にもなるシャレタ言い方である。
       
 従冨津至歸去津舟中作  富津より帰去津(きさらづ)に至る舟中の作
房州行遍重緫州  房州行き遍くして重ねて総州
買便西風浦上舟  便を買ふ 西風 浦上の舟
一片髙濤馳壯氣  一片の髙濤 壮気を馳せ
半帆斜日挂清愁  半帆の斜日 清愁を挂く
常時只歎人生薄  常時只だ歎ず 人生の薄きを
此際方驚世界浮  此の際方(まさ)に驚く 世界の浮かぶを
杳渺不知何處泊  杳渺 知らず 何れの処にか泊す
暮燈孤起遠津樓  暮燈孤り起こる遠津の楼
  第三句は、壮気の馳せた旅の始めを、第四句は、旅の終わる「清愁」を詠う。頸聯は、人生は短く人の住む世界は狭い、と「清愁」を敷衍する。尾聯は、今夜はどこに泊まるのだろうかとさらに旅愁を詠い、最後に安堵の灯火を一つ点して結ぶ。
   
曾我では旅程を延ばして小河原氏の家に数日滞在し、美しい風景を詩に詠ったり、隠居していた玄要老人から茶を御馳走になったりしている。「浪淘集」最後の詩。
    
  行徳買舟至江尸  行徳に舟を買ひ江戸に至る
六幅蒲帆破浪行  六幅の蒲帆 浪を破って行く
歸烏没處是金城  帰烏没する処 是れ金城
喜心何啻坡翁鐸  喜心何ぞ啻(ただ)に坡翁の鐸のみならん
到耳逢逢暮鼓聲  耳に到る 逢々 暮鼓の声
  「金城」は江戸城。「坡翁の鐸」は、蘇東坡が海南島から中国本土を望んで詠った「杳杳として天低れ鶻没する処、青山一髪是れ中原」(「澄邁駅の通潮閣」)の詩をさす。蘇東坡は視覚によって「喜心」を詠い、星巖は夕暮れ時の弾むような太鼓の響き、聴覚によって「喜心」を詠う。