受賞作品のできるまで
         
         
濱村明弘

この度、令和七年度全日本漢詩大会徳島大会で入賞できましたのは、千漢連漢詩創作講座で賜りましたご指導によるものと大変感謝しております。

令和元年から毎年漢詩大会に応募してきました。
応募は、自分の実力がどの程度のレベルにあるかを知るために行っています。
従って当然のことですが、他人の耳目に触れていないものを出品します。

これまでの応募では落選したもの方がはるかに多く、まだまだ安定した作詩力が身についているとは言い難いと自省しています。このような状態ですので、今回の作品について完成までの過程をご紹介するのは気が引けましたが、事務局からのご要請もあり、少しでも連盟で詩を勉強されている方々のご参考になればと思い筆を執ることにいたしました。

さて、今回受賞しました作品は、
   隣庭一日花    隣庭の一日花
隣家主去久關扉 隣家 主去って 久しく扉を関す
庭上寥寥草木肥 庭上 寥寥として 草木肥ゆ
獨有芙蓉在牆角 独り芙蓉の牆角に在る有りて
朝開暮閉待人歸 朝に開き暮れに閉じては 人の帰るを待つ

これは、実際にあった出来事をもとに作詩したものです。

漢詩大会応募の一年ほど前、隣家の独り暮らしの老婦人が突然病に倒れ、救急車でどこかの病院に搬送され、その後数ヶ月間家を空けたことがありました。隣の庭とはネットフェンス仕切られているだけなので、庭の様子は丸見えです。
ご主人は植栽が好きな方で、所狭しと庭木と花が植えられています。
折しも季節は夏で、庭の草木は手入れが入らず生い茂り始めています。そのなかで木芙蓉が私の目を引きました。朝に咲いて夕方には凋む一日花で、毎日長期間にわたり次々と花を咲かせます。

あるとき、その様子をみて、ふと口を衝いて「朝開暮閉木芙蓉」の句がでてきました。
これが受賞作品を作る発端となりました。このままでは、単なる木芙蓉の花の咲く様子を説明しているに過ぎません。
事実をそのまま述べては詩にならない。
詩であるためには、説明を避け膨らみを持った表現にすることが肝要と連盟の創作講座で教わってきたところです。
しかし、これがなかなか難しいです。
あれこれ考えるなかで閃いたのが、木芙蓉を擬人化することです。ご主人に見てもらいたいかのように繰り返し花を咲かせる木芙蓉に、早くご主人が元気な姿を見せに帰ってきて欲しいという私の気持ちを託して、下三字を「待人帰」(人の帰るを待つ)と直し、それを結句とすることにしました。
この下三字を変えたことで、上四字の主体が不明になります。
そこで、木芙蓉を転句に持ってくることを考えましたが、そのままでは平仄の関係で収まる場所がありません。
そこで、別称がないかインターネットで木芙蓉を検索すると、芙蓉(アオイ科の落葉低木)のこととあります。念のため、漢和辞典(角川「新字源」)を引くと、①ハスの花、②美人の形容、②もくふよう(木芙蓉)とあります。芙蓉が使えます。そこで、平仄の並びから三字目と四字目に当てることにします。□●芙蓉○●●(□は平字又は仄字。●は仄字。○は平字。以後、同じ。)

ここまで来たところで、詩の前半をどうするかを考えます。
結句の「人」とは誰のことか、木芙蓉はどこで花を咲かせているのかを隣家の状況を踏まえて起句と承句ではっきりさせる必要があります。
承句の下三字に後半展開の呼び水としての役割を持たせることとし、転句の「芙蓉」を踏まえて、承句は庭の様子を詠うことに。そして、起句は隣家の主人のことについて詠うことにします。
そこに因果関係つくることで起句と承句の繋がりをよくします。

これで起承の流れのもってき方が決まりました。
韻字は五微です。以上のことを踏まえて、「だれにでもできる漢詩の作り方」から適当な詩語を拾います。同書の詩語早見表(自作したもので、詩題ごとにどの韻字の詩語がどのページにあるかを一覧にしたものです。詩語捜しのスピードアップが図れます)を使って、木芙蓉の咲く時期を考慮して捜すと、「緑陰読書 緑陰茗話 初夏偶吟」(五五頁)に微韻の詩語が載っています。そのなかに隣家をイメージしたときに使えそうな韻字として「肥」と「扉」が目に入ります。そこから、候補として
●●〇 新緑肥 昼鎖扉
●〇〇 鎖柴扉 
を拾いますが、更にふさわしい詩語がないか、早見表を使って範囲を広げてて捜すと、時期は多少ずれますが、「春雨 春夜 雨中看花」(43頁)に
●●〇 草又肥
●〇〇 鎖蓬扉
があります。
「肥」か「扉」のいずれを起句と承句に使うか。承句が庭の様子を詠うことと転句の「芙蓉」を踏まえると「新緑肥」や「草又肥」の方がよさそうですが、「新緑肥」は木芙蓉の開花と時期的に少しずれがあるので「草又肥」にします。

一方、起句は平仄の並びから「鎖柴扉」と「鎖蓬扉」が候補に挙がりますが、柴や蓬は、質素あるは隠棲をイメージさせるので要一考です。むしろ扉に特色を持たせない「昼鎖扉」の方がよさそうですが、平仄が合いません。そこで、「とざす」を漢和辞典で引くと、新漢語林第二版(大修館)に「関」があります。関は刪韻で、字義はとざす・閉めるです。陶潜の帰去来辞に、門雖設而常関(門は設くと雖も常に関ざせり)と用例があります。これを使って起句の下三字は、とりあえず「昼関扉」とします

これで、前半二句の下三字はほぼ決まりました。あとは、それぞれの上四字をどうするかです。ここまでをまとめると、
 □〇□●昼関扉
 □●〇〇草又肥
 □●芙蓉〇●●
 朝開暮閉待人帰
となります。

起句の上五字は、扉を関(とざ)して何処かへ行っているのは、隣家の主人ですから、平仄を踏まえて「隣家主去」とし、併せて数か月不在だったので「昼」を「久」に変えます。
 隣家主去久関扉

次に承句は、庭の様子を詠いますが、起句が「隣家」で始まるので、承句も出だしは「庭上」とします
 庭上〇〇草又肥
〇〇には、人気がなく寂しい様子を表現できる詩語を漢和辞典から捜します。「さびしい」で引くと、平字では「寥」と「淋」が出てきますが、「淋」はさびしいの意味では和臭となるので、「寥」を選択して熟語を捜すと、「寥寥」(ひっそりしているさま)があります。ピッタリの語です。併せて、庭には植木もあるので「草木肥」に直します。
庭上寥寥草木肥
これで、前半は形ができました。

最後に、転句を仕上げます。
承句で描いた庭の風景のなかで、芙蓉を効果的にクローズアップさせるために、上二字は「獨有」(独り有り)とします。以下は、「芙蓉〇●●」となりますが、芙蓉の所在を表すのに〇の箇所に「在」を使うと仄三連となります。そこで、やむを得ない処置ですが、芙蓉がいずれも平字なので、挟み平を使って「芙蓉在〇●」とし、〇●に当てはまり、かつ庭に関連する詩語を捜します。牆角(土塀のかど・すみ)や籬畔(まがきのほとり)が候補として挙がります。ひっそりと咲いているイメージには牆角の方がよいと思いこれを採用します。
 獨有芙蓉在牆角
「在」の代わりに「笑(さく)」も考えましたが、結句の「朝開暮閉」と重複するので避けます。これで四句の完成です。

二四不同・二六対、孤平、下三連、冒韻、同字重出など規則に反する箇所はないかををもう一度点検します。
そして、語と語が繋がっているか、句と句がつながっているかを確認します。
句と句の繋がりは、私の場合は各句の間に見えない接続語(括弧書き)を置いて、起承転結を踏まえて繋がっているか点検するようにしています。

隣家主去久関扉 隣家 主去って 久しく扉を関す
(そのために)
庭上寥寥草木肥 庭上 寥寥として 草木肥ゆ
(そうしたなかで)
獨有芙蓉在牆角 独り芙蓉の牆角に在る有りて
(それでどうしたのか)
朝開暮閉待人帰 朝に開き暮れに閉じては 人の帰るを待つ

そして、最後に詩全体が滑らかに読み下すことができるかを確認して終えます。

今年の大会の詩題が「果樹(花や果実等も含む)」とありましたので、出品作品は、新たに作詩したものではなく、作り置きしておいたものの中から詩題に合いそうなものを引っ張り出し、出品前に更に推敲を加えたものです。原作の作詩時期から一年近く時間が経ってからの再推敲でしたので、原作を客観的にまた批判的にみることができたことがよかったように思います。

作詩の流れは概ね以上のようなものでしたが、実際にはそれほどすんなりと進められたわけではなく、表現の仕方や詩語選びで起句から転句までの間は行ったり来たりしながら推敲を重ねたました
                  
                                         以上