令和7年(2025)「吟詠」    ―新春吟詠ー  解説 鷲野正明 

                  Eテレ 1月1日(日)6時35分~6時50分 放送

 
和歌・新しき   大伴(おおともの)家持(やかもち)(『万葉集』巻20)
  
       新しき年の始めの初春(はつはる)の今日(きょう)降る雪のいや重(し)け吉(よ)事(ごと)

 
新しい年のはじめの初春の今日降る雪のように、あとからあとから絶えることなく、良い事もたくさん積もれよ

 
  富士山       石川丈山(じょうざん)
仙客來遊雲外巓 仙客来り遊ぶ 雲外の巓
神龍棲老洞中淵 神竜棲み老ゆ 洞中の淵
雪如紈素煙如柄 雪は紈素の如く煙は柄の如し
白扇倒懸東海天 白扇倒しまに懸る東海の天
 
 
仙人が来て遊んだという神聖な富士山のいただきは、雲を抜いて高くそびえている。
山頂にある洞窟の中の淵には、神竜が年久しく棲みついているという。
冬の頃、この霊山を望めば、山頂から山裾まで純白の絹のような雪におおわれ、立ち上る噴煙は柄のようである。
それはまるで東海の空に白扇がさかさまにかかっているようだ。

 
 
 曲江(きょっこう)    杜甫(とほ)
朝囘日日典春衣  
朝より回って日々春衣を典す
每日江頭盡醉歸  
每日江頭 酔を尽くして帰る
酒債尋常行處有  
酒債尋常行く処に有り
人生七十古來稀  
人生七十古来稀なり
穿花蛺蝶深深見  
花を穿つ蛺蝶 深々として見え
點水蜻蜓款款飛  
水に点ずる蜻蜓 款々として飛ぶ
傳語風光共流轉  
伝語す 風光共に流転し
暫時相賞莫相違  
暫時相賞して相違うこと莫かれと

 
日々朝廷から退出すると春着を質に入れて金を得、それで酒を買い、
曲江のほとりで酔いしれて家に帰ってくる。
酒家の借金はあたりまえで至る処にあるものだ。
人間七十まで生きるのはごくまれだから、大いに飲むべきだ。
チョウはたくさんの花のなかを見えつ隠れつしつつ舞ったり蜜を吸ったりしている、
トンボはしっぽを水面にチョンとつけて緩やかに飛んでいる。
のどかで美しい風景である。春の風光よ、私とともに流れていこう。
しばらくの間このすばらしい眺めを賞美して、ともにこの機会を逃すことがないようにしよう。

 
  菊花(きくか)     白居易(はくきょい)
一夜新霜著瓦輕
  一夜新霜瓦に著いて軽し 
芭蕉新折敗荷傾  芭蕉は新たに折れて敗荷は傾く
耐寒唯有東籬菊  寒に耐うるは唯東籬の菊のみ有って
金粟花開曉更淸  金粟の花は開いて暁更に清し


夜が明けると、初霜がうっすらと降りて瓦が白くなっている。
この寒さに耐えられず、芭蕉は新たに折れ、やぶれたハスの葉も傾いてしまった。
そうした中で寒さに耐えているのは、ただ東の垣根の菊だけだ。
菊の花は美しく咲いて、暁の風景をいっそう清らかにしている。