上 総
 新 第3集分を新たに追加いたしました。追加分は背景がこの薄緑色で示しております。

追加

鋸山に登る  西田 稔 ・ 
 養老溪谷を歩す 八溪 風早マサ子 ・ 笠森觀音開帳 香苑 鶴岡志津子  
勝浦海水浴場 祐城 飯塚 勇
 ・ 九十九里浜 曉風 秋葉暁子 ・ 九十九里浜に遊ぶ 巴溪 山田紗代子 ・ 
茂原牡丹園を訪ぬ 蕗山 清水義孝
 ・ 碧天の鯉幟 淑眞 岩澤和江

   鋸 山(のこぎりやま

房総半島の南部、千葉県安房郡鋸南町と富津市の境に位置する山。
標高は329.4m。 山は凝灰岩から成り古くは房州石と呼ばれ、良質石材の産地として、江戸時代から盛んに採石が行われた(石切場跡は現在も残存する)結果、露出した山肌の岩が鋸の歯状に見えることからこの名で呼ばれるようになった。鋸山全体が日本寺の境内となっている


    
 鋸 山      
山 巓 研 歯 断 行 雲
峭 壁 磨 刀 絶 俗 氛
五 百 仙 人 迎 客 處
深 林 緑 滴 好 風 薫
   鋸 山 
         翔堂 鷲野正明
山巓 歯を研ぎて 行雲を断ち
峭壁 刀を磨きて 俗氛を絶つ
五百の仙人 客を迎うる処
深林 緑滴りて 好風薫る

    
      登鋸山    
索 道 天 窓 崖 忽 窮
回 頭 萬 里 正 融 融
少 年 漱 石 詩 篇 詠
學 友 子 規 呈 讃 憧


  鋸山に登る  
           西田 稔
索道の天窓 崖 忽ち窮まり
頭を回らせば 万里 正に融々
少年の漱石 詩篇に詠い
学友の子規 讃を呈して憧す


 
鋸山避暑    
山 中 無 夏 石 泉 聲
謖 謖 松 風 滌 暑 清
信 歩 徘 徊 三 里 路
仰 看 杳 嶺 日 西 傾
   鋸山避暑 
         斐成 桂山彰子
山中夏無し 石泉の声
謖謖(しゅくしゅく)たる松風 暑さを滌いで清し
歩に信せて徘徊す 三里の路
杳嶺を仰ぎ看れば 日 西に傾むく

   
探 秋      
石 燈 登 来 仰 碧 空
鋸 山 勝 景 錦 屏 中
禽 鳥 恰 恰 吟 情 促
回 首 遥 望 富 嶽 雄
   探 秋
        如蘭 曽雌幸己枝
石燈登り来たりて 碧空を仰ぐ
鋸山の勝景 錦屏の中
禽鳥 恰恰として 吟情を促す
首を回らせば 遥かに望む富嶽の雄なるを

     
鋸 山    
遠 尋 漱 石 少 年 遊
日 月 瑠 璃 舊 塔 留
木 屑 詩 篇 長 不 朽
碧 苔 羅 漢 満 山 秋
   鋸 山    
       君平 河内利治
遠く尋ぬ 漱石 少年の遊
日月 瑠璃 旧塔留む
木屑の詩篇 長へに朽ちず
碧苔の羅漢 満山の秋

   
  鋸山散策    
山 頂 登 来 爽 海 風
奇 岩 岩 壁 入 双 瞳
白 雲 閑 去 鳥 啼 處
回 首 観 音 凌 碧 穹
  鋸山散策
       溪燕 市川恵美子
山頂登り来たれば 海風爽やかに
奇岩 岩壁 双瞳に入る
白雲閑かに去って 鳥啼く処
首を回らせば 観音 蒼穹を凌ぐ

   養老渓谷

房総半島のどまん中に位置し、首都圏から気軽なアクセスができる養老渓谷は、房総随一の温泉郷。千葉県夷隅郡大多喜町から市原市を流れる養老川によって形成された渓谷に位置する。。春はツツジ、フジ、秋には雑木の紅葉が美しく、ハイキングコースも整備されている。
                 
 歩養老溪谷   
錦 繡 山 溪 養 老 川
秋 風 颯 颯 滿 潭 淵
紅 黃 自 散 旻 穹 舞
流 瀑 淙 淙 獨 洌 然
 又
酣 紅 爛 紫 競 秋 妍
落 水 咆 哮 轟 碧 天
信 歩 徘 徊 溪 谷 徑
全 山 絶 景 入 詩 篇

 
    養老溪谷を歩す
             八溪 風早マサ子
錦繍の山渓 養老の川
秋風颯々として潭淵に満つ
紅黄自ずから散じて旻穹に舞ひ
瀑淙々 独り洌然たり
 又
酣紅 爛紫 秋妍を競ひ
落水 咆哮して碧天に轟く
歩に信せて徘徊す 渓谷の径
全山の絶景 詩篇に入る

 
  遡 養老渓谷
朱 明 尋 冷 立 渓 頭
緑 暗 水 青 魚 影 優
信 歩 遡 洄 幽 谷 裏
漱 流 潔 意 酔 仙 遊
  養老渓谷を遡 る
         津田峻一
朱明冷を尋ねて渓頭に立つ
緑暗く水青く 魚影優なり
歩に信(まかせ)て遡洄す 幽谷の裏
流れに漱ぎ 意を潔めて 仙遊に酔わん

 
 養老渓谷   
泉 滴 涓 涓 洗 石 矼
中 流 歴 歴 又 淙 淙
発 山 穿 澗 魚 鱗 躍
長 舌 水 声 為 奔 滝
   養老渓谷
        碧流 宮川光陽
泉滴涓涓として 石矼を洗い
中流歴歴として 又た 淙淙
山を発し澗を穿ち 魚鱗躍る
長舌の水声 奔滝と為る

 
 養老渓谷  
渓 流 日 午 遡 淵 源
両 岸 成 陰 夏 木 繁
名 瀑 泉 声 風 籟 爽
逍 遥 一 浴 忘 塵 煩
   養老渓谷
        巴渓 山田紗代子
渓流 日午 淵源を遡る
両岸陰を成して 夏木繁し
名瀑泉声 風籟爽やかなり
逍遥一浴して 塵煩を忘る

   笠森観音

笠森観音は、延暦3年(784)最澄上人が楠の霊木で十一面観世音菩薩を刻み山上に安置し、開基されたと伝えられている。観音堂は長元元年(1028)後一条天皇の勅願により建立され、その建築様式は日本唯一の「四方懸造」として明治41年「国宝」に、その後昭和25年(1950)「文化財保護法」の制定により「国指定重要文化財」となっている。 周辺の山々は「県立笠森鶴舞自然公園」に指定されており、特に観音山は昭和45年「国指定天然記念物笠森自然林」として保護されている。

 
笠森觀音開帳
上 總 梵 台 開 帳 晨
天 平 菩 薩 至 尊 新
懸 崖 深 院 読 經 響
功 徳 慈 悲 偏 萬 民
 
 笠森觀音開帳
          香苑 鶴岡志津子
上総の梵台 開帳の晨
天平の菩薩 至尊新たなり
懸崖の深院 読經の響き
功徳 慈悲 万民に偏し

   勝浦海水浴場

勝浦市は、千葉県南東部の夷隅地域に位置する市。海域公園と海岸部は南房総国定公園に指定されている。透明な水質の守谷海水浴場で知られるリゾート地。
守谷海水浴場(日本の水浴場88選、快水浴場百選、日本の渚百選) 遠浅の湾内には渡島(わたしま)が浮かび、水質は本州でも屈指の透明度である。2010年は約35万人に達し、千葉県内第2位の来場客数となっている。

 

  勝浦海水浴場 
兒 孫 來 誘 外 房 邊
一 望 滄 溟 接 碧 天
將 欲 學 泅 波 忽 穩
乘 風 閃 閃 白 鷗 旋


  勝浦海水浴場
         祐城 飯塚 勇
児孫 来り誘ふ 外房の辺
一望 滄溟 碧天に接す
将に泅を学ばんと欲すれば 波 忽ち穏かなり
風に乗って 閃々 白鴎旋る

   九十九里浜

砂と空と海が作り出す雄大な自然がつくり出した九十九里浜は、南は太東崎の一宮町から66km、北は刑部岬の旭市にいたる弓形の海岸です。海岸線には白い波濤に幾重にも縁どられた岩礁が一つもない砂浜が続いています。外洋なので波が荒いですが、首都圏から近い海水浴場として皆に愛されています。

 
 遊九十九里濱 
海 濱 浩 浩 白 沙 長
吹 面 淸 風 潮 氣 香
孫 女 如 魚 遊 戲 處
肆 廛 簾 下 避 炎 陽

 
  九十九里浜に遊ぶ
        巴溪 山田紗代子
海濱 浩浩 白沙長し
面を吹く淸風 潮氣香し
孫女 魚の如く遊び戲るる処
肆廛(してん) 簾下 炎陽を避く

   

九十九里濱   
共 到 望 看 大 海 滄 
潮 音 不 斷 白 波 揚 
弄 風 拾 貝 好 行 樂 
慈 母 徐 從 懷 舊 長 

 
 九十九里浜
        曉風 秋葉暁子
共に到り 望み看る 大海の滄きを
潮音 断えず 白波揚る
風を弄し貝を拾ひ 行楽するに好きも
慈母は徐に従ひ 旧を懐ふこと長し

 
九十九里浜 
海 濤 渺 渺 対 蒼 茫
帆 艇 両 三 昭 太 陽
曲 浦 白 沙 千 鳥 戯
潮 香 万 頃 水 雲 翔
 
  九十九里浜
        大塚恵美子
海濤渺渺として 蒼茫に対し
帆艇両三 太陽に昭かなり
曲浦白沙 千鳥戯る
潮香万頃 水雲翔ける

   亀 山

亀山は、小櫃川上流の南房総の中央に位置し、山々に囲まれた大自然を擁し、亀山温泉郷、七里川渓谷、三石山観音寺などは古くからの観光の名所として知られています。その中央にある亀山湖は複雑な地形であり、1980年(昭和55年)に完成した亀山ダムによりできた人造湖です。いくつもの橋がかかり、湖畔はもとより湖上からの景観はすばらしいです。房総半島の奥座敷として、緑豊かな大自然に囲まれています。
   
訪上総亀山湖
眼 前 湖 上 櫓 声 柔
偶 訪 亀 山 楽 勝 遊
釣 客 垂 糸 漁 鮒 影
初 冬 詩 景 一 望 優 
  上総亀山湖を訪う
       和風 山下和子
眼前の湖上 櫓声柔かなり
偶たま訪う 亀山 勝遊を楽しむ
釣客糸を垂れて 鮒を漁るの影
初冬の詩景 一望優なり

   大多喜城

1590年(天正18年)に北条氏の小田原城が豊臣秀吉に攻め落とされると、徳川家康は江戸城に入り、小田喜城を家臣の本多忠勝に与えて安房の里見氏の勢力をおさえようとしました大多喜城は高台にあって濠に囲まれ、城門は大きく全て鉄でできており、城の内部は金や銀の配色で美しく、立派な武器庫もあったようです。千葉県は、この歴史のある大喜多城本丸跡に、昔をしのんで城郭様式の千葉県立総南博物館を建設し、昭和50年9月に開館しました。平成18年4月からは千葉県立中央博物館の大多喜城分館となっています。

   
望大多喜城
旅 情 沸 沸 雨 晴 時
望 看 古 城 多 喜 姿
盟 友 相 携 探 勝 遍
 悠 容 楼 閣 入 新 詩 
 
  大多喜城を望む
       操風 高橋 操
旅情沸沸 雨晴る時
望み看る古城 多喜の姿
盟友相携えて 探勝遍ねし
悠容たる楼閣 新詩に入る
 
 
   高滝湖

高滝ダム(たかたきダム)は、千葉県市原市の二級河川・養老川に建設されたダム県下最大の貯水面積を誇る湖畔には、展望テラスなどの広場が各所にあり、加茂橋や高滝神社など周辺の景色を一望することができます。
ダム湖の名称は高滝湖。ブラックバス釣りや冬季にはワカサギ釣りなどが行われ、貸しボートも用意されています。

 
 高滝湖光追憶
扁 舟 三 五 落 暉 臨
治 水 十 秋 湖 色 深
流 域 一 新 倶 世 変
 往 年 大 計 奏 功 今 
 
 高滝湖光追憶
       騰波 清水常一
扁舟三五 落暉に臨めば
治水十秋 湖色深し
流域一新 世変を倶にし
往年の大計 今 功を奏さん 

 
   茂原牡丹園

茂原牡丹園は上総の民家と山里を背景に,牡丹をあしらった素朴で自然な庭園を演出しています。母屋は享保年間(1730),長屋門は天保8年(1837)の建造によるもので千葉県内でも数少ない民家の一つです。(平成14年度 登録文化財指定)
牡丹の見頃は例年,ゴールデン・ウィークの期間です。牡丹は別の名を「富貴花」「花王」などと呼び、幸福と繁栄のシンボルとされ、中国の家庭では牡丹を飾って春を迎えます。

 
  訪茂原牡丹園 
大 花 凝 露 艷 紅 衣
容 色 娟 娟 自 發 馡
忽 想 晩 春 絲 雨 下
沈 香 亭 裏 傘 中 妃
 茂原牡丹園を訪ぬ 
           蕗山 清水義孝
大花 露を凝らして 紅衣艶なり
容色 娟々として 自ずから馡(かおり)を発つ
忽ち想ふ 晩春 糸雨の下
香亭裏 傘中の妃を

   
 訪茂原牡丹園
天 香 馥 郁 牡 丹 園
富 貴 花 容 心 酔 存
君 識 美 人 偏 薄 命
夢 新 杜 麗 活 還 魂
 
   茂原牡丹園を訪う
       英川 佐々木英子
天香 馥郁たる 牡丹園
富貴の花容 心酔存す
君識るや 美人 偏に薄命なるを
夢は新たなり 杜麗 活き還るの魂
 

   アクアライン

東京湾アクアラインは、神奈川県川崎市から東京湾を横断して千葉県木更津市へ至る、全長15.1kmの自動車専用有料道路です。9.4kmのトンネル、2箇所の人工島、4.4kmの橋により構成され、アクアブリッジは、日本第1位の長さの橋梁となり、アクアトンネルは日本第4位の長さのトンネルです。
   
海底車路  
浩 浩 金 波 千 里 瀾
短 帆 巨 舶 隠 雲 端
海 中 忽 入 車 行 路
出 是 鋸 山 雲 外 盤
  海底車路(アクアライン)
       芳雲 石川省吾
浩浩
たる金波 千里
短帆 巨舶 雲端

海中忽
車行
づればれ 鋸山 雲外盤(わだかま

   富 津

富津市は南北に約40Kmに及ぶ海岸線がある。
空気が澄んでくる秋から春にかけては、市内の海岸線はどこからでも美しい富士山と調和する海の風景が楽しめるという。
日中はもちろん、感動的な夕景、きらめく夜景など、どのシーンも魅力的ですよ。

 
富 津  
延延沙觜向湾長
獨立先端水淼茫
遙見蓮峯斜照裏
孤鴻欲渡暮天翔
 
   富 津  
       高橋秀彰
延々たる沙觜 湾に向いて長し
独り先端に立てば 水 淼茫
遥かに見る 蓮峯 斜照の裏
孤鴻渡らんと欲して 暮天に翔
 く

   上総一ノ宮

外房の村とされている場所は、上総一ノ宮だそうである。ここはサーファーの聖地や別荘地としても知られ、釣ヶ崎海岸は(最寄駅は東浪見駅であるが)2020年東京オリンピックアクセシブルルートとなっている。釣ヶ崎海岸鳥居・玉前神社・一宮城(大手門)などがある。
 
 碧天鯉幟  
天 靑 波 白 外 房 村
孫 子 歡 聲 鯉 幟 翻
大 小 竝 鱗 緋 與 黑
何 時 登 瀑 越 龍 門
 
  碧天の鯉幟
       淑眞 岩澤和江
天は青く波は白し 外房の村
孫子の歓声 鯉幟翻る
大小鱗を並ぶ 緋と黒と
何れの時か瀑を登り 龍門を越えん