「山客」(つつじ)について        
                            
薄井 蹊山


七月の中級講座に提出した「越舊天城峠」の承句「溪頭山客一株紅」の「山客」の典拠について質問を受けたが、調べてなかったため宿題となった。 「山客」はどの辞書にも「つつじの別名」と載っている。ここは平仄から言えば、一般的に用いられている「躑躅」でも良かったのだが、「山に咲いているつつじだから「山客」の方が猶お良いだろう」と思い、敢えて使った次第である。


[典拠]
○広漢和辞典(諸橋轍次・鎌田正・米山寅太郎著 大修館) 山客 = ②つつじの別称。
  [西渓叢語、上]  昔張敏叔有十客図。忘其名。予長兄伯聲、嘗得三十客。牡丹為貴客、梅為清客、・・・ 海棠為蜀客、躑躅為山客。
(注)  [西渓叢語] = 宋の姚寛が著した書名。全三巻。 (大漢和辞典)
○大漢和辞典(諸橋轍次著 大修館)
三十客 = 三十種の植物に一つ一つ客の名を付したもの。
貴客(牡丹) ・清客(梅) ・幽客(李) ・妖客(桃) ・艶客(杏) ・渓客(蓮) ・嚴客(木樨) ・蜀客(海棠) ・山客(躑躅) ・淡客(梨) ・閨客(瑞香) ・壽客(菊) ・酔客(木芙蓉) ・才客(酴醿) ・寒客(臘梅) ・仙客(瓊花) ・韻客(素馨) ・情客(丁香) ・忠客(葵) ・佞客(含笑) ・狂客(楊花) ・刺客(玫瑰) ・癡客(月季) ・時客(木槿) ・村客(安石榴) ・田客(鼓子花) ・俗客(棣棠) ・悪客(曼陀羅) ・窮客(孤燈) ・鬼客(棠梨)。 
 [西渓叢語] 平畏兄伯聲、嘗得三十客。牡丹為貴客、梅為清客・・・(中間略)・・・ 棠梨為鬼客。
以上の通り、[西渓叢語]によれば「宋の伯聲なる人物が三十種の花を三十種の客になぞらえて、その中で躑躅を山客と為した」ということである。


[参考一]
花を客になぞらえたものとしては、「三十客」の他に「十二客」があるが、次に示すようにこの中に躑躅は入っていない。
十二客 = 宋の張景修が選んだ十二種の名花。  [三餘贅筆] 宋張敏叔、以十二花為十二客、各々賦詩一章。牡丹為貴客、梅為清客、菊為寿客、瑞香為佳客、丁香為素客、蘭為幽客、蓮為静客、酴醿(トビ)為雅客、桂為仙客、薔薇為野客、茉莉(マツリ)為遠客、芍薬為近客。(大漢和辞典、広漢和辞典)
(注)三十客とは、だいぶ違うようだ。
 :三十客と異なるもの。  :同じもの
(注) [三餘贅筆] = 明都卬が著した書名。一巻。見聞を雑録し、閒々弁論を載せている。(大漢和辞典)


[参考二]
 漢詩の事典(松浦友久編 大修館)では、つつじの呼称として「躑躅」、「杜鵑花」の他に、「山石榴」、「映山花」などを挙げている。ここにも「山客」は無い。また、つつじを詠んだ白居易の次の詩(冒頭の一節)を紹介している。因みに白居易は唐代の詩人の中でもとりわけつつじを好んだ詩人として知られているという。
   
 山石榴 寄元九    白居易
一名山躑躅     一の名は山躑躅
又名杜鵑花     又の名は杜鵑花
杜鵑啼時花撲撲  杜鵑啼く時 花撲撲
九江三月杜鵑来  九江 三月 杜鵑来たり
一声催得一枝開  一声 催し得て 一枝開く

                                     以上