ー 鋸山から館山へ
                                     鷲野正明

待ちに待った吟行会。遅刻してはなるまいと、4月30日(木)、津田沼駅8時26分発の館山行き電車に乗る。千葉駅での乗り換えがなく眠って行けるだろうという考えは甘く、乗り込んだ車輌は木更津駅で切り離され、後ろの車輌へ移動するはめに。15輛編成の前11輛が切り離され、うしろの4輛が館山へ向かったのであった。
9時47分、浜金谷駅着。相澤無有氏と冨樫貞華氏も同じ電車だった。集合時間までには間があるので、相澤氏等は昼食場所を探しに、我々は散策がてらフェリーの発着場へ。名物のアイスクリームを食す。
浜金谷の駅から徒歩10分ほどで鋸山ロープウエイ乗り場へ。ぎゅうぎゅう詰めのゴンドラで頂上へ。標高329メートル。全員で記念写真を撮ったあとは各自で自由散策。われわれは頂上の展望台で保田海岸等を写真に摂ったあと西口管理所まで下り、拝観料600円也をお布施してから「十州一覧台」へ。急峻な石段を登り浅間神社へたどり着くと風が涼しく心地よい。少し休憩したのち一気に下って、こんどは少し上って「百尺観音」を拝観。そして「地獄のぞき」の奇巌を下から眺める。少し戻って再び急峻な石段を登って「地獄のぞき」へ。「百尺観音」前の人々が小さく見える。山頂展望台で遠望したのち石段を下りながら石仏を拝観。千五百体あるという羅漢をすべては見きれないので集合場所の大仏前広場まで下り、日本一の大仏を拝観。藤の花やツツジが咲いていた。「呑海楼」へも行ってみたいと思っていたが、これは次回の楽しみにとっておくことに。全山を見尽くすには三日は必要か。
    鋸 山  五首

   山巓眺望      山巓眺望
  元名海岸保田灣  元名の海岸 保田の灣
  岩井大房連館山  岩井 大房 館山連なる
  一覧百常巓石上  一覧す 百常巓石の上
  利新島嶼白雲間  利新の島嶼 白雲の間

   十州一覧臺     十州一覧臺
  大空不看石階悠  大空看えず石階悠かなり
  五級徐昇忽又休  五級徐に昇って忽ち又休む
  拭汗遠望神廟畔  汗を拭い遠く望む 神廟の畔
  白雲接處十州幽  白雲接する処 十州幽なり

   百尺觀音      百尺観音
  巨岩中斷作天門  巨岩中断して天門を作す
  小徑蒸苔歩歩昏  小径苔を蒸して歩々昏し
  深谷豁然光達處  深谷豁然として光達する処
  觀音俯瞰救幽魂  観音俯瞰して幽魂を救ふ

   不到呑海樓     呑海楼に到らず
  三天宜要鋸山遊  三天宜しく要すべし 鋸山の遊
  半日登巓看十洲  半日巓に登って十洲を看るのみ
  羅漢一千猶未拜  羅漢一千 猶ほ未だ拜せず
  何尋呑海負名樓  何ぞ尋ねん 呑海 名を負ふの楼

   羅 漢        羅 漢
  問君坐此幾星霜  君に問ふ 此に坐して幾星霜なる
  觀念森羅萬象長  森羅万象を観念して長し
  往昔文人今惡去  往昔の文人 今悪くに去る
  作中留思放清香  作中思ひを留めて清香を放てり
 
 
鋸山山頂から
 
遅めの昼食のあと、宿泊組は電車で館山へ行き、さらにバスで白浜野島崎灯台へ。灯台の手前の厳島神社には人類繁栄のための立派なご神体が安置されてある。
    野島崎嚴島神廟  野島崎厳島神廟
遠訪房州白浪湄  遠く訪ぬ 房州 白浪の湄
莊嚴淨域更存祠  荘厳たる浄域 更に祠を存す
君看男女常尊物  君看よ 男女常に尊ぶ物
子子孫孫必永滋  子々孫々 必ず永く滋からん
 
午後4時を回ったため灯台に登ることはできず、「伝説の岩屋」を見たり「房総半島最南端の碑」を見たり、「朝日と夕陽の見える岬」の碑から海を眺めたりした。この一帯の岩は波に洗われておもしろい形をしている。その根方や隙間に可憐な花が咲いている。白浜という地名だが、岩肌は黒い。
    白濱町野島崎   白浜町野島崎
房州海角最南端  房州の海角 最南端
朝日夕陽容易看  朝日 夕陽 容易に看る
花發奇巌相疊裏  花は発く 奇巌相畳むの裏
紫黄紅白戰春寒  紫黄紅白 春寒に戦く
 
 
野島崎灯台
 
 翌5月1日(金)快晴。歩くと暑い。まずバスで館山の城山へ。ここに天守閣があったかどうかは不明だが、昭和58年に里見氏ゆかりの地の象徴として建設された。天守閣の展望台から波が静かで鏡のような館山湾、一名鏡ヶ浦を望む。遠く富士山も見えた。
    館山城望鏡浦    館山城より鏡ヶ浦を望む
直上四層君主樓  直ちに上る四層 君主の楼
欄干獨倚鏡灣悠  欄干独り倚れば鏡湾悠かなり
白雲不動是何故  白雲動かざるは是れ何故ぞ
富士山巓冠雪浮  富士山巓 雪を冠して浮かぶ
 
 
館山湾と富士山
 
 館山城は館山市立博物館の分館で『南総里見八犬伝』の資料館となっている。周辺には見所がたくさんあるが博物館の本館だけを見学してバスで館山駅へ。電車に飛び乗り那古船形駅へ。県道富浦館山線を館山方面へ800メートルほど歩くと那古寺がある。県文化財に指定されている観音堂と多宝塔は修復工事中で「銅造千手観音立像」(重文)も拝観できなかった。
境内の北寄りに急峻な階段があり、どうやら県道に出られる近道のよう。そこでゆっくり階段を下りると中頃に鳥居があり、小さなお堂と「閼伽井」の跡があった。閼伽井は霊験あらたかで万病に効くというので、水を汲みに参詣したり、安房路を巡る旅人がこの霊水で渇きをいやしたりしたという。 
   閼伽井        閼伽井
昔是山腰小徑傍  昔は是れ山腰小径の傍
井泉滾滾潤喉芳  井泉滾々として喉を潤して芳しからん
如今留跡有誰汲  如今跡を留むるも誰有ってか汲まん
華表猶新信仰長  華表猶ほ新たなれば信仰長し
 
 
閼伽井を祀るお堂
 
今回の散策では町のあちらこちらに井戸のあるのが目に付いた。
昼食を摂り、大福寺へ。
崖観音を見学する予定だったがここも修復中で見られず、鏡ヶ浦を眺めて駅へと向かう。鳶がたえず空を舞っている土地柄であるが、途中「鳥喫茶」があった。どんな鳥がいるのだろう。再来を期し、電車の時間を気にしながら駅へと急いだ。
    南房総散策     南房総散策
群鴟緩緩御風旋  群鴟緩々として風に御して旋り
雙燕差池掠稻田  双燕差池として稲田を掠む
山裏紫藤泉井跡  山裏の紫藤 泉井の跡
幾人墨客過花前  幾人の墨客 花前を過ぐ