鷲野翔堂 漢詩のやさしい作り方  

     
 (1)漢詩は外国語で作る詩である!



漢詩は簡単に作ることができ、作るほどに楽しく、やめることができなくなります。
ただ、自分勝手に作ると、だれにも理解してもらえません。自分の「おもい」が人に伝わらないことほど悲しいことはありません。共通の規則を守ってはじめて人に理解され、作るほどに深みのある詩ができます。

この寺子屋塾では、初心からわかるように、身近なことを題材にお話をして行きたいと思います。また、疑問点があればどしどしお寄せ下さい。


さて、漢詩作りに一番大切なことは、漢詩は外国語で作る詩、であることを改めて認識することです。わたしたちはいつも漢字を使っていますから、簡単に漢詩を作ることができます。が、日本語として使う漢字と、漢詩で使う漢字と、きちんと区別しないといけません。なぜなら、漢詩は、外国の詩、だからです。 初めて作詩した方が次のような一句を作りました。

   杜中小径鳥頻鳴  杜中の小径 鳥頻りに鳴く

森の中の小径を歩いていると、鳥が頻りに鳴いている、という内容です。初心でこれだけできれば大しものです。

ところで、この句では大きな欠点があります。それは「杜」の使い方が間違っていることです。「杜」は、日本語では「もり」と読み、「森」と同じ意味で使いますが、「杜」を「もり」と読むのは、日本だけに通用する読み方です。日本人が考案した読み方で、これを「国訓」と言います。

「杜」は①山野に自生する果物の「やまなし」②「ふさぐ」「とじる」という意味で、「もり」の意味はありません。②の意味の熟語では、「管理がズサン」などという「杜撰」があります。

じつは「森」も、①樹木の多いさま②おごそかなさま③つらなり並ぶさまで、「もり」と読み、あの「もり」を連想するのはやはり「国訓」です。ちなみに「もり」は漢字では「林」で表します。

日本人が考案した漢字も漢詩では使えません。「畑」
畠」「笹」「峠」「辻」など、おなじみの字があります。漢和辞典では「国字」と記されています。要注意です。
「持つべきものは友達」とよく言いますが、漢詩作りでは、これに加えて「持つべきものは友達と漢和辞典」です。

上の句は

  中小径鳥頻鳴  中の小径 鳥頻りに鳴く

 とすればよいでしょう。

 

  (2)漢詩にはどのような種類があり、どんな詩から作ったらいいの?

 

 

漢詩は大きく「古体詩」と「近体詩」に分けることができます。
「古体詩」は、脚韻は踏みますが平仄は無視してかまいません。
それに対して「近体詩」は脚韻を踏み、平仄の規則に従います。規則の少ない「古体詩」が作りやすそうですが、「古体詩」は古典の素養と漢文力、作る人に「思想」がないと良い作品にはなりません。
一方「近体詩」は規則を守れば、一応詩の形にはなります。ですから、入門ではまず「近体詩」を作ることになります。では「近体詩」にはどのような種類があるのでしょうか。


「近体詩」は、五言、七言に分かち書きすることができます。分かち書きしたときの漢字のかたまりを句といいます。最初の句は、第一句、一句目、などといいます。以下、第二句、第三句・・・と続きます。
五言の詩は「五言詩」、七言の詩は「七言詩」といいます。
「五言詩」が四句で構成され、押韻の規則、平仄の規則にしたがっているものは「五言絶句」といいます。
同じく「七言詩」で、四句で構成され、押韻の規則、平仄の規則にしたがっているものは「七言絶句」といいます。句の数が多くなり、八句で構成されるとき、それぞれ押韻の規則、平仄の規則にしたがっているものは、「五言律詩」「七言律詩」といいます。


漢字の数は、「五言絶句」=20字、「七言絶句」=28字、「五言律詩」=40字、「七言律詩」=56字となります。一番字数の少ない「五言絶句」が簡単に作れそうですが、じつはこれも作るのは難しく、よほど詩的センスがないと良い詩はできません。そこで入門では「七言絶句」から始めるのがよいとされています。この詩形に慣れれば、他の詩形への応用も利きます。以下は七言絶句の例です。李白の「早発白帝城」です。

        題 名   早發白帝城    
       第一句  朝辭白帝彩雲間
    
第二句  千里江陵一日還  
    第三句  兩岸猿聲啼不住  
       第四句  輕舟已過萬重山  

  読み方は

    題 名  早に白帝城を発す
    第一句  朝に辞す 白帝 彩雲の間
    第二句  千里の江陵 一日にして還る
       第三句  両岸の猿声啼いて住(や)まざるに
    第四句  軽舟已に過ぐ 万重の山

古典的な読み方ですから、漢文訓読も勉強しないといけませんね。

 

         (3)平仄とは何?  

 

前回の李白の「早に白帝城を発す」は「朝焼け雲のたなびく白帝城に別れを告げ、千里かなたの江陵へたった一日で帰って行く。両岸の猿の鳴き声が鳴きやまないうちに、 私の乗った軽い舟は幾重にも重なる山を通り抜けていた。」という内容です。猿の鳴き声が重要な働きをしているのですが、これについてはいずれまたお話まします。

さて「近体詩」は平仄の規則を守り、脚韻を踏まないといけませんので、
今回は「平仄」についてお話しましょう。

漢字は中国の清時代に編纂された『康煕字典』に五万字強が収録されています。これらの漢字はすべて、中国語で発音すると、上がったり下がったり、という調子があります。この調子を「声調」といい、声調ごとに四つに分類することができます。平らな調子の「平声」、上がり調子の「上声」、下がり調子の「去声」、つまる調子の「入声」です。この四つを「四声」といいます。つぎにこの四声を大きく二つに分けます。「平声」の「平」と、それ以外の「上声」「去声」「入声」の「仄」と。これが「平仄」です。「平」は○、「仄」は●で示します。

たとえば、「東」は平○、「冬」も平○です。「送」は仄●で、「月」は仄●です。漢詩を作っていると自然に何が平か仄か分かるようになりますが、最初は漢和辞典で確認します。

漢詩のリズムはこの平仄によって生まれます。美しいリズムの漢詩を分析すると、一定の法則のあることがわかります。どのような法則か、といいますと、それぞれの句の、2字目、4字目、6字目の平仄が交互にでてくるように漢字が配置される、ということです。たとえば前回見た李白の詩のそれぞれの句の、2字目、4字目、6字目に平○・仄●の印をつけると、

               ●  ○

   第一句  朝辭 白帝 彩雲間  

               ○  ●

   第二句  千里 江陵 一日還  

               ○  ●

   第三句  兩岸 猿聲 啼不住  

              ○    ●  ○

     第四句  輕舟 已過 萬重山  

となります。さて、ここからどんな法則が見いだせるでしょうか?

 

        
        (4)平仄の規則

 

李白の「早に白帝城を発す」の、それぞれの句の、2字目、4字目、6字目を図式的に示すと次のようになります。

        2  4  6

   第一句  ○  ●  ○

   第二句  ●  ○  ●

   第三句  ●  ○  ●

   第四句  ○  ●  ○


ここから見えてくる法則は、どの句も、2字目と4字目の平仄が入れ替わり、また4字目と6字目の平仄が入れ替わる、ということです。○●の二つですから、結果、第2字と第6字は同じ平仄になります。これを規則として

  「二四不同、二六対」  といいます。


また、第一句と第二句の2・4・6字目の平仄の出方が、ちょうど裏返したように反対になっています。これを「反法」といいます。第三句と第四句も反法です。ところが、第二句と第三句は、2・4・6字目の平仄が、ぴったり同じになっています。これを「粘法」といいます。規則化すると、

 ・「第一句と第二句、第三句と第四句は反法、第二句と第三句は粘法」となります。

 平仄の規則ではさらに

  「下三連を禁ず」    というものがあります。

 七言絶句のそれぞれの句の5字目・6字目・7字目の平仄が、○○○、とか、

●●●、と三つ続くのは禁止、というものです。李白の「早に白帝城を発す」は

            ●○○

     第一句  朝辭白帝彩雲間  

            ●●○

   第二句  千里江陵一日還  

            ○●●

   第三句  兩岸猿聲啼不住  

            ●○○

   第四句  輕舟已過萬重山   と、規則を守っています。

 

     5)平仄の規則に合わせて一句を作る 

 


「二四不同、二六対」
「下三連を禁ず」
に注意して、一句作ってみましょう

漢詩というと、社会的なものとか、政治的なことを言わないといけない、と思っている人がいますが、そんなことはありません。これまで見てきた李白の詩も、社会批判でも政治批判でもありません。七言絶句では、まずは身近なモノから、日常の生活から「詩趣」を見いだし、詠ってください。

 それぞれの句は、漢字のかたまりで見ると、2文字・2文字・3文字になっています。作るときはこの「2・2・3のリズム」を意識します。

 たとえば、桜が満開の隅田川の堤を歩いたとしますと、

      ●  ○ ●●○

    堤上 徐行 萬朶桜  堤上 徐ろに行けば 萬朶の桜

 とか、

        ● ●○○

    桜花 爛漫 鳥頻啼  桜花 爛漫 鳥頻りに啼く

などいう句ができると思います。


では、平仄はどのように知るのか、という大問題があります。漢和辞典で一字一字調べていたのでは、一句もできません。そこで利用するのが「詩語表」と言われる詩語集です。「詩語」とは、詩で使われることばのことで、「詩語表」は単漢字や二字のことば、三字のことばが集められ、それぞれ○●がついています。


初心者のよく使う詩語集に『詩語完備 だれにもできる漢詩の作り方』(呂山詩書刊行会)などがあります。詩の規則や漢文の文法、ことばのイメージや全体の構成などについて知りたい場合は『はじめての漢詩創作』(白帝社)などがあります。略して前者は「だれ漢」、後者は「はじ漢」などと言っています。

 さて、ある人が次のような句を作りました。

  桜花爛漫酒一杯  桜花爛漫 酒一杯

内容的にはよく分かります。ただ残念ながら、6字目の「一」は仄●ですから、二六対になりません。

     ○  ● ●○●

   桜花 爛漫 一杯酒  桜花爛漫 一杯の酒

これなら規則に合います。見たもの、聴いたこと、を「2・2・3のリズム」で、「二四不同、二六対」「下三連を禁ず」に合わせてたくさん作ってみてください。「反法」「粘法」もこの要領でできます。
 

      (6)4字目の「孤平」はダメ!

 


平仄の規則で、もう一つ大切なことがあります。それは「四字目の孤平を禁ず」というものです。「孤平」とは「●○●」のように仄●に挟まれ、孤立している平○のことです。「夾み平」とも言います。漢詩で特に「孤平」がいけないとされるのは、4字目の孤平です。4字目が平○のとき、孤平にならないように、

①上の3字目を平○にする

②下の5字目を平○にする

③上の3字目・下の5字目をともに平○にする

 と、工夫します。たとえば次のような句を作ったとします。

 ●● ●○ ●●○  

 片片 落花 独坐看  片片たる落花 独り坐して看る

ハラハラ散る花を独り坐って看る

4字目が平○で、3字目仄●、5字目も仄●ですから、「四字目孤平」となります。そこで、①3字目を平○にして、花が紅いなら

 ●● ○○ ●●○

 片片 紅花 独坐看  片片たる紅花 独り坐して看る

あるいは②5字目を平○にして、

 ●● ●○ ○●○  

 片片 落花 孤坐看  片片たる落花 孤り坐して看るとか

●● ●○ ○●○  

 片片 落花 閑坐看  片片たる落花 閑かに坐して看る

とします。もちろん、両方変えても(③)かまいません。これで孤平から免れます。

 

 これまで話しをしてきた七言絶句の平仄の規則をまとめると以下のようになります。

 

           七言絶句平仄の規則

 ・「二四不同、二六対」(第一句から第四句まですべての句)

 ・「下三連を禁ず」(第一句から第四句まですべての句)

 ・「第一句と第二句、第三句と第四句は反法、第二句と第三句は粘法」

  ・「四字目の孤平を禁ず」

 

 (7)漢詩には、平起こりの詩と仄起こりの詩がある

 

もう一度、李白の「早に白帝城を発す」の平仄をふり返ってみましょう。○=平、●=仄に、◎=押韻を加えます。韻や押韻については次回以降お話します。

     ○ ●●○◎

  朝辭白帝彩雲  朝に辞す 白帝 彩雲の間

    ●○○●●◎

   千里江陵一日  千里の江陵 一日にして還る

     ●○○○●●

   兩岸猿聲啼不住  両岸の猿声啼いて住(や)まざるに

     ○ ●●○◎

   輕舟已過萬重  軽舟已に過ぐ 万重の山


七言絶句の規則、「二四不同・二六対」「下三連を禁ず」「第一句と第二句=反法、第二句と第三句=粘法、第三句と第四句=反法」「四字目の孤平を禁ず」が守られています。もう一首、李白の「汪倫に贈る」を読んでみましょう。

    ● ○○●◎

   李白乘舟將欲  李白舟に乗りて将に行かんと欲す

   ○ ●●○◎

   忽聞岸上踏歌  忽ち聞く岸上踏歌の声

   ○ ●○○●

  桃花潭水深千尺  桃花潭水深さ千尺なるも

   ●○○●●◎

  不及汪倫送我  及ばず 汪倫の我を送るの情に


(口語訳)我が輩李白が舟に乗って出発しようとすると、たちまち岸の上で足を踏みならしながらうたう歌声が聞こえてきた。桃花潭の水の深さは千尺もあるが、汪倫が私を見送ってくれる情の深さには及ばない。


この詩も規則どおりですね。「早に白帝城を発す」も「汪倫に贈る」も、規則どおりですが、少し違いがあります。どこが違うか、分かりますか? 平仄の規則では、2字目・4字目・6字目が規制されますから、それぞれの句の2字目・4字目・6字目を見てください。第一句の第2字目、「朝辞~」の「辞」が平○、「李白~」の「白」は仄●です。以下、平○と仄●の出方が反対になっていませんか。第一句の第2字目が平○で始まる詩を「平起こりの詩」、仄●で始まる詩を「仄起こりの詩」と言います。この第一句の第2字目の○●によって、詩全体の平仄の出方が決まることになります。

 

        (8)韻について

 

七言絶句では、第一句、第二句、第四句の7文字目に韻を踏みます。これを「押韻」あるいは「脚韻を踏む」と言います。韻を踏んだ文字(漢字)を韻字と言います。
では「韻」とは何でしょうか。一般には「同じ響きの母音」などとも言いますが、日本語で言う「母音」とは違いますから注意が必要です。漢字は、日本語の子音にあたる「声母」と日本語の母音にあたる「韻母」とに分かれます。「声母」には、例えば舌を巻き上げて音を出したり、下唇を軽く噛んだり、などの音があり、日本語より複雑です。同様に「韻母」も、「介母音」「主母音」「尾音」があったりして複雑です。
たとえば「船」。この発音を現代中国語で用いるローマ字で書くと

  船=chuan

となります。この「ch」が「声母」で、舌を巻き上げて上口蓋に着け、離すと同時に息を強く出します。そのあとの「uan」が「韻母」で、このうちの「u」が「介母音」「a」が「主母音」、「n」が「尾音」にあたります。他のいくつかの例を見てみましょう。

下=xia   「声母」:「x

 「韻母」:「ia」 「i」は「介母音」、「a」は「主母音」

東=dong      「声母」:「d

 「韻母」:「ong 」「o」は「主母音」、「ng」は「尾音」

  
  麻=
ma   「声母」:「m

  「韻母」:「a

岸=an   「声母」:なし

  「韻母」:「an」 「a」は「主母音」、「n」は「尾音」

  阿=a    「声母」:なし

 「韻母」:「a

いろいろな組み合わせがありますが、いずれにしても「母音」で構成される音の集まりが「韻母」で、日本語よりも複雑な発音をするものが圧倒的に多くあります。

前回までにお話しした「四声」ごとに「韻母」の同じ漢字・似ている漢字を分類してグループ化すると平声は30、上声は29、去声は30、入声は17の、計106のグループに分けられます。
そのままでは何の韻かわかりませんから、それぞれのグループに代表の漢字を見出しにして「東韻」「冬韻」「江韻」・・・などと言い、この「東韻」「冬韻」「江韻」・・・を「韻目」と言います。韻目を表にしたものを「韻目表」と言います。漢和辞典などでよく見かける表です。
 

          (9)韻目表

 

これが「韻目表」です。平声が「上平声」「下平声」に分けてあるのは、平声の漢字が多くあり、「韻ごとに漢字を分類して書物」にするさい、上卷と下巻に分けたからです。上平声は上卷に、下平声は下巻に収められました。

韻目に番号がふってあるのは、音読みすると、たとえば「東」と「冬」が同じ音になって紛らわしいからです。番号をつけて「一トウ」「二トウ」と言えば、「一東」「二冬」だな、と分かるのです。

「一東」には、東、同、銅、桐、筒、童、中、衷、忠、沖、終、弓、宮、融、雄、熊、風、楓、豊、隆、空、公、工、濛、紅、虹、聡、通、などがあります。日本語で発音すると「東」「空」「風」「中」は「トウ」「クウ」「フウ」「チュウ」と読んで、少し異なりますが、昔は同じ韻だったのです。漢詩を作るとき、「韻ごとに漢字を分類した書物」=「韻書」に従います。

「押韻する」「脚韻を踏む」というのは、原則として、ある「韻目」」に属する漢字を使うことを言います。発音が同じだからと言って、「江」と「庚」を押韻するのはいけません。韻目表で「江」は上平声の三番目、「庚」は下平声の八番目にあり、韻目が違いますから押韻はできないのです。

作詩には、現代中国語ができる必要はありません。漢和辞典と、漢字に○●の付けられた「詩語表」があれば、まずは誰でも作れます。

 

     (10)押韻の確認

 

漢詩を読んで押韻を確認してみましょう。もう一度、第3回と第8回で取り上げた李白の「早に白帝城を発す」。

     早發白帝城    早に白帝城を発す

   朝辭白帝彩雲  朝に辞す 白帝 彩雲の間

   千里江陵一日  千里の江陵 一日にして還る

   兩岸猿聲啼不住  両岸の猿声啼いて住(や)まざるに

   輕舟已過萬重  軽舟已に過ぐ 万重の山

  

 第一句・第二句・第四句の第7字目は、「間」「還」「山」です。それぞれ漢和辞典で調べると

   間=カン 上平声の十五刪

  還=カン 上平声の十五刪

    山=サン 上平声の十五刪

とあります。いずれも刪韻に属する漢字ですから、押韻されています。なお「間」には去声の「諫韻」もあります。韻が変わると意味も変わります。上平声の刪韻の場合には、「あいだ」「ま」「しずか」などですが、去声の諫韻では、「かわるがわる」「みだれる」などの意味になります。辞典の使い方は、それぞれの辞典の凡例をご覧ください。

こんどは、第8回で読んだ李白の「汪倫に贈る」です。


    贈汪倫       汪倫に贈る

 李白乘舟將欲  李白舟に乗りて将に行かんと欲す

 忽聞岸上踏歌  忽ち聞く岸上踏歌の声

 桃花潭水深千尺  桃花潭水深さ千尺なるも

 不及汪倫送我  及ばず 汪倫の我を送るの情に

 

 第一句・第二句・第四句の第7字目は、「行」「聲(声)」「情」です。それぞれ漢和辞典で調べると

  行   =コウ(漢音)ギョウ(呉音) 下平声の八庚

聲(声)=セイ(漢音)ジョウ(呉音) 下平声の八庚

情   =セイ(漢音)ジョウ(呉音) 下平声の八庚

とあり確かに押韻されています。なお「漢音」は日本の漢字音の一種で、唐代の長安付近の音を日本式に読んだ音です。「呉音」も同じく日本の漢字音の一種で、揚子江下流地域の音を日本式に読んだ音です。奈良時代以前に伝わっていたと言われます。

第三句・7字目の「住」「尺」は仄声の●です。ここは必ず仄●になります。

          (11)平起式・仄起式の表


七言絶句では韻を踏むのはたいてい平声○ですから、平声の30の韻目は覚えておくと便利です。
覚え方は番号といっしょに

  上平声 一東(いっとう) 二冬(にとう) 三江(さんこう) 四支(しし) 五微(ごび)  
      六魚(りくぎょ) 七虞(しちぐ) 八斉(はっさい) 九佳(きゅうかい) 
      十灰(じゅっかい) 十一真(じゅういちしん)  十二文(じゅうにぶん)  
      十三元(じゅうさんげん) 十四寒 (じゅうしかん)  十五刪(じゅうごさん)
  下平声 一先(いっせん)  二簫(にしょう)  三肴(さんき)  四豪(よんごう)  
      五歌(ごか) 六麻(りくま)  七陽(しちよう) 八庚(はちこう) 
      九青(きゅうせい) 十蒸(じゅうじょう)  十一尤(じゅういちゆう)  
      十二侵(じゅうにしん)  十三覃(じゅうさんたん)  十四塩(じゅうしえん)  
      十五咸(じゅうごかん)

さて、第七回で、第一句字目が平○で始める詩を「平起こりの詩」,仄●で始める詩を「仄起こりの詩」と言う、と話しました。そこで七言絶句の規則をすべて盛り込んだ表を作ってみましょう。「表起式」「仄起式」の表ができます。平○で押印すると、第三句・七字目は必ず●になります。漢詩は縦書きにしますから、平仄表も縦です。



この平仄表を利用して○や●の漢字をパズルのように埋めていけば、詩ができます。と言っても、漢字を一つずつ漢和辞典で調べていてはいつまでたっても詩はできません。そこで、最初は、市販の「詩語表(詩語集)」を使って作詩の練習をします。中には、詩語(漢詩で使うことば)が季節や場面ごとに、○○や●●などに分類されているものもあります。

詩語の集められている入門書に『詩語完備 だれにもできる漢詩の作り方』(呂山詩書刊行会)などがあります。また手頃な詩語辞典として『詩韻含英異同辨』(東京松雲堂書店)『詩韻合璧』(上海書店出版社)などがあります。後の二書には○●はついていません。

日本語から詩語がさがせる辞典は、残念ながらありません。
 

      12)実際に作ってみよう


初夏の詩語をいくつか挙げてみます。韻目は「元」と「先」で、それぞれ三字の表現にな っています。三字目が韻字です。

なお「○○」「●●」は、2字目が「○」のものを「○○」に、2字目が「●」のものを 「●●」に分類してあります。また「●●◎」の1字目(詩では5字目に当たる)は「○ 」のものもあります。平仄は偶数番目の2字目・4字目・6字目が問われますから、1字 目・3字目・5字目は○でも●でもよいことになります。これを「一三五不問」とか「一 三五不論」と言ったりします。ただし、「一三五不問」「一三五不論」でも、ほかの平仄 の規則を妨げてはいけません。平仄の問われない1字目・2字目・5字目を白黒半丸の代 わりに△で示す場合もあります。


 ○○  ●● ○○   ●●  ●○◎ 元  ●●◎  ●○◎ 先  ●●◎ 
( △○ △● △○   △● ●○◎ 元  △●◎ ●○◎ 先  △●◎ )
 清和 首夏  薔薇  浄几   忘塵煩 書可繙  雨余天  落日前 
 薫風 初夏  読書  緑暗  坐南軒  昼掩門  昼蕭然  落枕辺 
 南風 一巻   蛙声 呼雨  養吟魂  風有痕  昼蕭然  語語円 
 池頭 一巻   一過 閣閣  向誰論  雨脚奔  語簾前  汲水煎 
 荷風   新緑 榴花  蛙鼓 坐黄昏  夏木繁  僅成篇  聴杜鵑 
 紫藤 花落 読来  竹樹 避塵喧  雨色昏  起茶煙  驚午眠 
 紅落 読去 竹陰  万巻  話田園   懶出門 雨如煙  情緒牽 
 如潮  親樹  竹陰  静坐   緑囲門 空断魂  対清漣  落机辺 
 焚香  親樹  枕書 静坐  緑陰繁  燕語喧  転清妍  風景鮮 

たとえば平起こりで作るとします。平起こりの第一句は「△○△●●○◎」

(△は白黒半丸とします。白黒半丸の記号がないので)ですから、

上の詩語の、○○、●●、●○◎(△○、△●、●〇◎)から

意味が通じるように詩語を選んできます。

 
  ○○ ○● ●○◎

  南風 花落 緑囲門  南風 花落ちて 緑 門を囲む

意味は、「南風が吹いて春の花が散り、緑が門を囲んでいる」となります。「花落」の「花」は三字目にあたりますから、平仄どちらでも使えます。「門」は元韻で、元をはさんだ,左側の「●○◎」から選んでいます。二句目は反法ですから、元をはさんだ右側の「●●○(△●◎)」から選びます

第二句は「△●△○▽●◎」です。起承転結の承ですから、一句目の内容を承け、意味が通じるように、また、同じ字を使わないように選びます。

 
  ●● ●○ ○●◎

  浄几 読書 空断魂  浄几 書を読んで 空しく断魂

「清らかな机で書を読んでいると、むやみに悲しくなる」と。これで作者がどこにいて何をしているか分かります。後半は、転じて結びます。四字目の「書」が「孤平」になっていないことを確認しましょう。

入門書ではよく「結句から作る」とありますが、どこの句から作るかは作者それぞれでかまいません。何度も推敲しているうちに、ことばを入れ替えたり、韻字を変えたりして、結局はまったく違う句になったりしますから

 

  13)便利な通韻、でもなるべく通韻はしない

 

 北宋・蘇軾の詩を読んでみましょう。「和孔密州五絶 東欄梨花 孔密州五絶 東欄梨花」です。

  梨花淡白柳深  梨花(り か)淡白(たんぱく) (やなぎ)深青(しんせい)

  柳絮飛時花満  柳絮(りゅうじょ)()(とき) (はな)(しろ)()     

  惆悵東欄一株雪  惆悵(ちゅうちょう)す 東欄一株(とうらんいっしゅ)(ゆき)         

  人生看得幾清  人生(じんせい)看得(み う)るは幾清明(いくせいめい)


(大意)
の花はほのかに白く、柳の葉はこまやかな緑色。柳のが舞うころは、花が町中に咲きほこる。胸がいたむのは東の欄干のかたわらに雪のように咲いている一株の梨の花。これから何回、このようなすばらしい清明の景色を眺めることができるのだろう。

 韻字は「青」「城」「明」ですが、それぞれ韻目を調べると、

  青=下平声・九青  城と明=下平声・八庚

となり、一見、第一句が押韻されていないようですが、これは「通韻」という許される押韻のしかたを利用しています。

七言絶句の押韻は、ある韻目に分類されている漢字を一・二・四句に使う、というのが原則ですが、近い韻目どうしで漢字を融通して用いることもできるのです。これを「通韻」といいます。ただし通韻ができるのは、第一句だけですのでご注意ください。二句・四句はきちんと押韻します。また七陽と一一尤は「独用(どくよう)」と言って、通韻はできません。通韻できるのは以下の横ならびのグループです。

  
   一東  二冬  三江
   四支  五微  八斉  九佳  十灰
   六魚  七虞 

  十一真 十二文 十三元 十四寒 十五刪  一先   

   二蕭  三肴   四豪
   五歌   六麻
   八庚  九青  十蒸  
   十二侵  十三覃  十四塩 十五咸

 通韻は便利ですが、通韻に頼ると表現力が向上しません。適切な韻字がなかったなら、句の前後の表現を見直すなり、詩全体の発想を変えて作り直すようにします。押韻すべき韻目のなかに、案外適切な韻字があって、ピタッとはまることがあります。

 千葉県漢詩連盟では通韻しないように指導しています

 
 

      (14)つい冒韻してしまう、要注意


 通韻は許されますが、「(ぼう)(いん)」は絶対にいけません。

「冒韻」とは、韻を踏んだ漢字と同じ韻目の漢字を各句の2字目以降に用いることをいいます。「冒」は、犯す、という意味です。押韻された韻字と同じ響きの語が詩中にあると、押韻の効果がうすくなりますから、韻を冒さないように、というのです。各句の1字目は「冒韻」とは言いません。あえて同じ韻字の漢字を用いたり、前の句の韻字を使ったりと、遊ぶことがあるからです。


「冒韻」は、各句の2字目以降で、

・特に第一句・第二句は厳禁

・第三句目は、許される

・第四句は、出来るだけ冒韻しない

ようにします。「冒韻」している有名な詩があります。

    

    逢鄭三遊山               中唐 ()(どう)

  相逢之處草茸茸  (あい)()うの(ところ)(くさ)(じょう)(じょう)

  峭壁攢峰千萬重  (しょう)(へき) (さん)(ぽう) (せん)(まん)(ちょう)

  他日期君何處好  他日(たじつ) (きみ)()するは(いず)れの(ところ)()

  寒流石上一株松  寒流(かんりゅう) 石上(せきじょう) 一株(いっしゅ)(まつ)

  (大意)草が生い茂り、切り立った険しいがけや、山々が幾重にも連なっている所で君と出会った。またいつの日か君と逢いたいが、その時はどんな所がよいだろうか。冷たい水が流れ、岩の上に松が一本生えている所はいかがかね。

 
(じょう)(じょう)」は、草などが生い茂るようす。「(しょう)(へき)」は、切り立った険しいがけ。「(さん)(ぽう)」は、いくつも集まっている山。「()」は、約束することです。押韻されているのは、「(じょう)」「(ちょう)」「(しょう)」です。「茸」「重」「松」は「()(とう)」の韻です。()(とう)の韻にはこの他にもたくさんの韻字がありますが、それらの韻字を2字目以降に使うと「冒韻」になります。起句と承句をご覧ください。

第一句2字目の「逢」、第二句4字目の「峰」は、()(とう)の韻の漢字です。ですからこの詩は「韻を冒している」「冒韻」ということになります。

何度も推敲していると、ついつい冒韻してしまうことがあります。七言絶句は28文字しかありませんので、一応詩が完成したら、またもう一度、一字一字平仄と韻を調べて平仄の間違いがないか、押韻しているか、冒韻がないか、を確認するとよいでしょう。初めのうちは面倒ですが、これで漢字の平仄と韻を覚えることができます。

 

        15)その他、作詩で注意すること 

 

・同じ字は使わない(同字重出は不可)

 

 推敲していているうちに、つい何度も同じ字を使っていた、ということがあります。七言絶句はわずか28字しかありませんから、同じ字を何度も使っては、言いたいことが言えず、もったいないのです。

 ある人が次のような第3句と第4句を作りました。

  徘徊梅有信  黄鳥徘徊して梅に信有り

  午風微到声頻  午風微かに到りて鳥声頻りなり

「黄鳥」はウグイスです。次の句にも「鳥」がありますから、「鳥」が二回出てきます。うっかりしたのでしょうね。鳥が「徘徊」するのも変です。詩の前半は、春まだ寒い野原を散策している内容でした。

   馥郁午風梅有信  馥郁たる午風 梅に信有り

  鶯声処処告春頻  鶯声処々 春を告ぐること頻りなり

などのようにまとめればよいでしょう。

 同じ字、と言っても、「寂寂(せきせき)」や「悠悠(ゆうゆう)」などのように、ある状態を表す語を二つ重ねる「(ちょう)(げん)」はかまいません。また句のなかで「対句(ついく)」的な表現をする「()(ちゅう)(つい)」でもよく同じ字を使いますが、これも許されます。「対句」とは、文法的に同じ働きをもつ語が同じ順番で対応して用いられている二つの句をいいます。詳しくはいずれお話する機会があると思います。歴代の名作のなかでも「同字重複」がままあります。そのときは、「同字重複」の効果を考えてみてみださい。

 

・起承転結を活用する 

 起句 (きく)(第一句)   うたい起こし。感動の背景を述べる。
 承句(しょうく)(第二句)   起句を承け、叙述をさらに深める。
 転句 (てんく)(第三句)   場面の転換。感動の動機(きっかけ・てがかり)を述べる。
 結句 (けっく)(第四句)   結び。感動の中心、主題を述べる。

 

 四コマ漫画の要領です。漢詩の方がもちろん先です。 

 これは実作してコツをつかむしかありません。

 どんどん漢詩を作ってください

 

   (16)植物を表すことばは要注意 

 

前回の「杜」「森」は一字で注意すべき文字でしたが、熟語でも漢和辞典で意味を
確認することが肝要です。


日本人が作った熟語は使えません。
たとえば

         根気 眉唾 泥棒 鍋物 成金 素敵

「料理」は日本では本来の意味とズレた使い方をしています。もともとは、俗語的に
「始末する」「かたづける」の意味です。杜甫の「江畔独り歩して花を尋ぬ」で、

  詩酒尚堪駆使在  詩酒尚お駆使せらるるに堪えて在り

 未須料理白頭人  未だ白頭の人を料理するを須いず

  (自分はまだ詩や酒に駆使されてもそれに堪えうる存在である。だから、
この白髪のおやじをくたばらせてしまう必要はないぞ。)


植物や動物も要注意です。ある人が次のような句を作りました。

 萩花自発寺門東  萩花自ずから発(ひら)く 寺門の東

寺の東には萩の花が自然に咲いていた、というものです。
ここで注意すべきは「萩」です。
漢詩では「ハギ」ではありません。①よもぎ、②ひさぎ、です。
ハギは漢語で「胡枝子」と言いますから、さきの句は

 胡枝子発寺門東  胡枝子発く 寺門の東

とすればいいです。


その他、植物で気をつけるのは

 ツバキ:「山茶」。「椿」は不可、「椿」は香椿というセンダン科の落葉高木です。

 サザンカ:「茶梅」

サクラ:中国にはなく日本固有の植物です。漢字の「桜」はユスラウメという梅です。  日本では「サクラ」を表すのに、古来「桜」を使っていますので、これは許されます。

 初夏に咲く「ウツギ」も「卯木」と言ってはいけません。現代中国語で「空木」と 言いますが 漢詩で
は見かけません。陶淵明が「空木」と使っていましたが、 これは「柩」のことでした。 ことばには、イメージがつきまといますから、 注意しないといけません。固有名詞として言い表しにくいので、ある人は単に 「白花」と表現していました。固有名詞として、その字ヅラが詩のなかで生きるなら 使ってもいいでしょうが、字ヅラが生きていないなら、あえて言う必要もないでしょう。 
 鳥や動物も日本語と指し示すモノが違う場合が多くあります。漢詩では言葉のイメージも とても大事です。これらについて、いずれまた、お話しします。