私の漢詩の作り方 若武者と晒頭 田沼 裕樹 |
●はじめに 「どうやって詩を作るのか?」と聞かれることがあります。どのように発想して、それをどう作品に具体的に落とし込んでいくのか、という話です。もちろん、作者により、作品により、様々なケースがあろうかと思いますが、本稿では、昨年の漱石記念漢詩大会での受賞作品「過古戦場有感」を例に、完成までの過程を振り返ってみたいと思います。 ●一句から構想をふくらませる 気に入った、あるいは興味を持って「使ってみたい」と思った語や句からイメージを広げて詩を組み立てていく――というのが、私の場合、一つのパターンです。 この作品では、もともと別の作品の起句として出来た「馬上兜鍪野髑髏(※兜鍪はかぶと)」の句が気に入ったので、機会を改めて、これを主軸として作詩に取り掛かったのが始まり。 そのまま結句に置いて、戦乱の世の一コマを想像するような構成も考えられますが、今回は、華やかな騎馬武者と野辺のされこうべとの対比を基本構成としてみます。一句を分割し、「馬上兜鍪」を起句上四字に、「野髑髏」を結句下三字に持ってくる方向性で考えます。 ●主役の引き立て方 まずは結句から。下三字の「野髑髏」を活かすには、上四字には何を合わせるのが効果的でしょうか。正反対の要素を組み合わせる、というのも一つの発想法ですが、今は詩の前後での対比というコンセプトで考えているので、ドクロと同じ側の要素を盛り込むのが良さそうです。何らかの武器、槍でも刀でも、矢でも鉄砲でも……。いろいろ考えられますが、杜牧の「折戟沈沙鉄未銷」(「赤壁」)を踏まえて「折戟空穿」。諸行無常の雰囲気を漂わせる、印象的な場面を描くことができたと思います。 続いてセットとなる転句を作ります。かなり強烈なイメージの結句だと思いますので、同じような句作りだと転結句で喧嘩してしまいそう。力の入った叙景は避けることにして、あっさりと場面転換を図ることにします。単純に「戦雲収処看何物」。松口月城の「戦雲収処有残月」(「青葉笛」)の句が念頭にあります。 ●ストーリー性を考える それでは起句へ。確認しておかないといけないのは、「兜」「鍪」二字とも冒韻となること。もととなった一句では、句中対的な構成で音韻上の面白味もあったかもしれませんが、起句と結句に別れてしまっていては、気になる部分です。 そこで「鉄兜」などのかたちで句末に置いて考えてみますが、どうもうまくいかない。で、別の韻字も考慮しつつ、物語性の面から考え直してみます。後半のドクロに対し、前半ではひといくさある前の武者姿。ドクロになる前のモノ。ちょうど「頭」が尤韻にありますから、うまく頭を使えないものか……。我が頭をひねりにひねった結果、ふと思い出したのが杜甫の句「去時里正与裹頭[去る時里正与(ため)に頭を裹(つつ)み]」(「兵車行」)。これだ。「馬上少年初裹頭」――この元服したばかりの若武者と、結句の「野髑髏」との対比が、本作の見どころです。 ●起句からどう「承ける」か 最後に承句です。私の場合、たいてい最後に承句で悩みます。逆に言えば、承句がきれいに落ち着けば、概ね好い作品になるのですが……。 先に韻字を選びましょう。詩の内容から、「侯」字を「覓封侯[封侯を覓む]」、「取封侯[封侯を取らん]」などのかたちで使用するのが適当でしょうか(明示はされていませんが、起句の若武者の頭が近い将来に結句のされこうべになることが想像されますので、ここで「封侯」になってしまうのはマズそうです)。 王昌齢の「万里長征人未還」(「従軍行」)のイメージが合いそうなので、平仄を整えて「長征万里覓封侯」とか、同じ発想で「従軍幾歳――」とか。悪くはありませんが、具体的な絵が見えてこないのが残念なところ。若武者の姿を詠むことにして「英姿颯爽――」。もう少しひねって「英姿早晩取封侯」。将来の出世への期待の気持ちを入れてみます。 これで一詩がまとまりました。 ●詩題はどうするか さて、今回は詩題を決めて作り始めたのではなく、内容から入りましたので、ふさわしい詩題を与える必要があります。ここまで書いてきたように、ほとんど頭の中だけでの創作、実体験に基づくわけではありませんので、楽府題の「従軍行」として恰好をつけてみます。 大会に応募した際に「過古戦場有感」と修正し、いかにもどこかの古戦場に立っての感懐であるかのような体にしたことは、お許しください。 ◎おわりに 詩を作る方法は百人百様でしょうし、私自身にしても、詩題から先に作る場合もあるし、内容が先でも、今回のように特定の語句を軸に考えていく場合、起承転結のストーリー展開ありきの場合など、一概に「こうやって作っている」とは言えない部分があります。 本稿も、ある一つの作品がたまたまこのような感じで作られた、という例でしかないのですが、それでも、誰かの作詩の一助となれば幸いです。 |