第2回 蘇州吟行       翔堂 鷲野正明

 
 蘇州関連詩文
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   平成二九年度の締めくくりとして、平成三〇年三月二二日から二六日まで蘇州を吟行した。台湾の二回とあわせて海外吟行はこれで四回目である。参加者は二十名。うちの四名が前回も参加している。
 
蘇州を初めて訪れた人が多かったので、定番の虎丘と周荘を組み入れたが、当連盟がモットーとする「一般の団体旅行で行く所は避ける」に従って、太湖の島、西山へ行った。島と言っても今は橋が架かっていて車で行かれるが、現地ガイドも初めてのガイドとのことだった。またもう一つのモットー「当地の人々と交流する」を三日目に行った。蘇州大学教授・昆曲研究家の周秦先生のお骨折りにより、平江路の墨客園で蘇州の詩人・書家・画家との交流会を開いた。

 旅程・活動の概略は以下のようである。宿泊は蘇州パンパシフィックホテル(呉宮泛太平洋酒店)、
 上海は新錦江ホテル(新錦江大酒店)である。

22日 成田から全日空919便にて上海へ。着後バスで蘇州へ。文廟、滄浪亭を見学。街を散策しながらホテルへ。 

23日 蘇州郊外へ。司徒廟の古柏「清奇古怪」を見学。昼食は西山山荘。食後、第九洞天を探索し、
     林屋山に登る。明月湾へ行き「最も幽なる」古村を散策。

24日 盤門見学ののち、バスで平江路へ。古い街を散策しながら墨客園へ。周秦教授・蘇州の文人と交流。
     昼食ののち中華書店で買い物。北寺塔を見学ののち山塘街へ。舟に乗り山塘河を虎丘へ。
     夜は「非遺堂」で昆曲と評弾を鑑賞。

25日 周荘へ。昼食ののち上海へ移動。上海博物館で文物を鑑賞。夕食後、黄浦江ナイトクルーズ。

26日 全日空920便にて成田へ。午後五時ころ着、解散。

毎日晴れて暖かく、至る所に花が咲き鳥が啼いていた。あっという間に過ぎた五日間。まさに夢の一時だった。

 ※写真をクリックすると、鷲野正明先生による蘇州史跡紹介のページに入れます。
1日目 
  文廟          滄浪亭
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蘇州の市内は、至る所で道路工事をしていた。地下鉄を造っているという。また観光地も整備され、歴史的な文物も修復・改修されている。一日目の文廟は、参道がすでに整備されていた。孔子像の前の欞星門は足場が組んであった。化粧直しをするのだろう。お宝の平江府の石碑は、カメラで撮るのは禁止だが、携帯やスマホでは許される。

 滄浪亭も至る所で足場が組んであり修復中だった。面水軒は屋根瓦も壁もすべて取り払われ、柱・棟木・たるき等の骨組みだけになっていた。大修復である。滄浪河の水草は綺麗に除かれていた。入場券売り場が滄浪亭の向かい側の可園に移っていて、可園にも入場できるようになっていた。

               
       再訪蘇州      再び蘇州を訪ぬ    
     老街古閣柳風侵  
老街 古閣 柳風侵す
     綠水搖搖春正深  
緑水揺々 春正に深し
     暖日西山啼鳥處  
暖日 西山 啼鳥の処
     梨花淡白菜花金  
梨花は淡白 菜花は金

       滄浪亭        滄浪亭
     改修處處或除牆
  改修処々 或いは牆を除き
     面水軒留柱與梁  
面水軒は留む 柱と梁と
     禽鳥頻啼遊子少  
禽鳥頻りに啼いて遊子少なく
     山茶紅艶競明粧  
山茶紅艶 明粧を競ふ

 
 2日目
   司徒廟       林屋山
        
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  明月湾古村      第9洞天
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   二日目の西山は、昼食場所までバスが入れないため、暖かな日差しのもと、
 観光地ではない田舎道をのんびり歩いた。菜の花や梨の花が咲き、遠くには
 林屋山の駕浮閣がかすんでいた。

 むかし駕浮閣に昇ったとき、学生が鐘を叩いてお坊さんに叱られたことを思い出した。鐘の音はのどかな風光のなかを殷々と響いたことであろう。第九洞天、林屋山、明月湾は、周辺整備されいかにも観光地のたたずまいだが、自然の風光は十分に残っている。観光客も少なかの寒山寺はずいぶん様変わりしたが、ここにはまだ古朴さが残っている。とは言え、古村研修を終えてバスにもどる途の道に外国製の高級スポーツカーが三台停まっていた林屋山山頂からは太湖湖畔に同じ形の家が整斉と並んでいるが見えた。

                          
       遊洞庭西山     洞庭西山に遊ぶ
     靑天風緩白雲閑 
 青天 風緩やかにして白雲閑なり
     仙閣遠看林屋山  
仙閣遠く看る 林屋山
     清晝無人鵞鳥睡 
 清昼人無く鵞鳥睡り
     蜜蜂羽靜菜花間  
蜜蜂 羽は静かなり 菜花の間

        第九洞天      第九洞天
     小徑高低臨大湖 
 小径高低して大湖に臨み
     泉流濺濺足將濡  
泉流濺々として足将に濡れんとす
     彎腰頭尚觸雲石  
腰を弯(ま)ぐるも頭は尚ほ雲石に触れ
     丹刻欲求還失途  
丹刻求めんと欲して還た途を失ふ

      林屋山        
林屋山
     急峻到巓風亦輕  
急峻 巓に到れば風亦た軽し
     駕浮閣自入天清  
駕浮閣は自ら天に入りて清し
     太湖島嶼一望下  
太湖の島嶼一望の下
     縹渺諸峰遊子情  
縹渺諸峰 遊子の情

       明月灣古村  
   明月湾古村
     最幽處尚古風存  
最も幽なる処 尚ほ古風存す
     甃砌高牆舊屋村  
甃砌 高牆 旧屋の村
     雞鶩兩三來啄餌  
雞鶩両三 来たりて餌を啄めば
     紛紛井畔杏花翻  
紛々として 井畔 杏花翻る

 
 3日目
   墨客苑        北寺塔
   

  山塘河         虎丘 
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  三日目の墨客園はそれほど広くはないが、伝統的な造りで広く感じられる 。西側には宿泊施設があるという。交流会では、日本側からは清水蕗山さんと河野幸男さんが詩を吟じ、岡安千尋さんが即興の句をみごとに揮毫した。
 
 北寺塔は、塔に登ることができなくなっていた。それ故か、観光客が少なく、静かであった。山塘街は相変わらずの人。
 
 舟では女性が琵琶を弾きながら崑曲を唱ってくれた。昔の文人達もこのようにして虎丘へ行ったのだろう。
 
 虎丘は夕方で人が少なく、木の根方や道の両側、建物の周りに並べてある鉢植えの花が彩りを添えていた。

 
      
      墨客園        
墨客園
     吟聲朗朗躍梁塵
  吟声朗々梁塵を躍らせ
     書畫淋漓墨跡新  
書画 淋漓として墨跡新たなり
     幽巷水邊楊柳嫰  
幽巷水辺楊柳嫰(やわら)かに
     交情無盡一天春  
交情無尽 一天の春

      上舟聞呉歌      
舟上呉歌を聞く
     山塘河畔柳條萌  
山塘河畔柳条萌え
     風到搖搖拂水清  
風到れば搖々 水を払って清し
     徐奏琵琶孃子唱
  徐に琵琶を奏して嬢子唱へば
     呉歌嫋嫋足詩情  
呉歌嫋々として詩情足る

      虎 丘        
 虎 丘
     海湧橋欄幾石獅   海湧橋欄 幾石獅
     水邊諸葛菜花披   水辺 諸葛の菜花披く
     斷梁劒跡眞孃墓   断梁 剣跡 真孃の墓
     斜塔仰處臨小池   斜塔仰ぐ処 小池に臨む

  
 夕食後、方角も分からぬまま懸橋巷の奥の奥を突き進み、「賞蘇州伝統文化」と書かれた電飾の掲げてあるところから道を折れ、さらにあやしい不思議な雰囲気の細い道を行き、小さな家に入った。家の中に入ると衣裳をつけ化粧をした一人の女性が出迎えてくれた。部屋の前方には舞台とは言えないような低くて小さな舞台があり、壁の上の方には「非遺堂」という立派な金文字の扁額が架かっている。観客席は客が三十人ほどが座れる広さで、ベンチと机があるだけ。我々の人数分のガラスのコップにお茶の葉が2・3お湯の下に沈んでいた。みな坐ると、さきほど出迎えてくれた女性が登場し、録音された音楽に合わせて崑曲「牡丹亭」のなかの庭を散策する場面の曲を二曲唱った。崑曲のあとは評弾である。女性が衣裳を着替えたあとで(顔の化粧と髪型は崑曲のときのまま)琵琶を弾いて評弾を唱った。ついで男性が三味線を弾いて唱い、次には二人で山塘河を舟で行く場面を琵琶と三味線を弾きながら掛け合いで唱った。お茶は時間が経つと味が出ておいしい。お湯を継ぎ足しつつ、かぶりつきで、アットホームな雰囲気で鑑賞した。こんなに小さな舞台を見たのは始めてで、まだたくさんこうしたところが残っているのだろう。

  非遺堂
 
      非遺堂        非遺堂
     暗行小巷到誰家  
暗に小巷を行きて誰が家にか到る
     台上琵琶燈照斜  
台上の琵琶 灯照らして斜めなり
     孃子一人徐唱曲  
嬢子一人徐ろに曲を唱へば
     牡丹亭裏眼生花  
牡丹亭裏 眼に花を生ず
 
 4日目
  周荘          黄浦江
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帰 国 後

今回の旅は周秦先生の美しい笛の音を聞くことができず残念だった。またゆっくりと蘇州を訪ねたい。帰国後、周秦先生にお礼のメールを差し上げたら、今年の花朝の日に西山にある包山寺に泊まり、梅を探り詩詞の応酬を行った、とのことで、その雅集をメールに添付して送ってくださった。そこで、周秦先生の詞(ツー)「浣溪沙」を踏まえてお礼の詞を作り、送った。

 詞を作るのは二回目で、最初は二〇一六年だった。周先生の詞に中国の詩人が和韻する風流な「遊び」があり、私もメールで参加したのだった。そのときに作成された詞集を、今回の訪蘇で戴いた。蘇州は古来風流韻事が盛んだった。その伝統が今も受け継がれている。

       浣溪沙 戊戌訪洞庭西山
          周秦教授見送洞庭西山包山寺問梅雅集而似謝意

     聞道西山玉雪鄕  聞道(きく)ならく西山は玉雪の郷と
     今春纔訪俗塵忘  今春纔に訪ねて俗塵を忘る
     瓊葩已盡至情香  瓊葩已に尽くるも至情香る」(前闋)
     浮駕遙看雲愈白  浮駕遙に看れば雲愈いよ白く
     最幽處是水泱泱  最も幽なる処は是れ水泱々たり
     吹簫人送武陵章  吹簫の人 武陵の章を送る(後闋)

     
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